後藤象二郎(ごとう しょうじろう) 1837-1897
写真は龍馬歴史館
後藤象二郎は、現在の高知市与力町に生まれました。叔父に土佐藩家老 吉田東洋を持ち、早くから出世コースを歩むことになりました。後藤象二郎生誕地の近くには、彼のおさななじみの板垣退助・片岡健吉の誕生の地もあります。
龍馬暗殺の黒幕の説もありますが、彼がいなかったら幕末の流れも違っていたかも知れません。
後藤象二郎誕生の地
現在は聖泉幼稚園
後藤象二郎(1837-1897)
天保9年3月19日、この地に誕生。義叔父吉田東洋に学び、藩政に抜擢される。
第15代藩主山内豊信(容堂)の信任を受け公武合体論を唱え土佐勤王党と対立。
武市瑞山(武市半平太)らを断獄する。
のち坂本龍馬と接し、容堂公のすすめで大政奉還の大業を成す。
明治維新後は 竹馬の友、板垣退助と共に自由民権運動を権進。
